Feb
28
「無意味な戦いで、無意味な死者を出した」という種類のシニスムはこの英烈祠にはない。
私はそれが「いい」と言っているのではない。
私たちの国は「そうではない」ということを言っているのである。
私たちの国は戦争に負けた後「敵」を失った。
「戦いに負ける」ということと、「敵を失う」ということは別のことである。
日本はアメリカに負けた。
それゆえ、戦後日本人が採用すべきいちばん「ふつう」のストーリーは「来るべき反米攻勢の日を待ちつつ臥薪嘗胆に耐える」というものである。
そのストーリーの上に「アメリカとの歴史的和解」ということが提案されるのであれば、それは少しも困ったことではない。
矛を収めて和解する。結構ではないですか。けだし大人の風儀というべきであろう。
しかし、私たちはそういう「ふつうのストーリー」を採用しなかった。
採用できなかった。
それはあまりに手ひどく負けたからである。
「臥薪嘗胆」というような台詞が冗談でも口にできないほどめちゃくちゃに負けたからである。
「負け方がひどすぎたこと」、これが私たちの国がそれからあと世界戦略を持てずにいる大きな理由だと私は思う。
人々は好んで「原理の問題」を語るが、「程度の問題」を侮ってはいけない。あれほどひどく負けていなかったら、日本はこんな国にはなっていなかったと私は思う。 二泊三日台北ツァー (内田樹の研究室)
私はそれが「いい」と言っているのではない。
私たちの国は「そうではない」ということを言っているのである。
私たちの国は戦争に負けた後「敵」を失った。
「戦いに負ける」ということと、「敵を失う」ということは別のことである。
日本はアメリカに負けた。
それゆえ、戦後日本人が採用すべきいちばん「ふつう」のストーリーは「来るべき反米攻勢の日を待ちつつ臥薪嘗胆に耐える」というものである。
そのストーリーの上に「アメリカとの歴史的和解」ということが提案されるのであれば、それは少しも困ったことではない。
矛を収めて和解する。結構ではないですか。けだし大人の風儀というべきであろう。
しかし、私たちはそういう「ふつうのストーリー」を採用しなかった。
採用できなかった。
それはあまりに手ひどく負けたからである。
「臥薪嘗胆」というような台詞が冗談でも口にできないほどめちゃくちゃに負けたからである。
「負け方がひどすぎたこと」、これが私たちの国がそれからあと世界戦略を持てずにいる大きな理由だと私は思う。
人々は好んで「原理の問題」を語るが、「程度の問題」を侮ってはいけない。あれほどひどく負けていなかったら、日本はこんな国にはなっていなかったと私は思う。 二泊三日台北ツァー (内田樹の研究室)
